株式会社やる気スイッチグループ

創業者の想いの中にある普遍的価値を見極めれば、
おのずと事業承継後の展開の方向性も見えてくる

やる気スイッチグループは創業以来、約40年間教育事業を運営しています。個別指導から英語での学童や思考力、運動教育とどんどん領域を広げ、順調に成長してきました。ただ、創業者の方が60代後半に差し掛かり、ご自身の引退とIPOを視野に入れたときに我々のような外部パートナーとタッグを組むことが必要だと判断され、2017年にアドバンテッジパートナーズ(以下・AP)が株式を取得して第二の創業を担うことになりました。さらに事業モデルを磨き上げ、ともにIPOを実現するための戦略と施策について、担当パートナーの束原俊哉が解説します。
(2021年05月インタビュー記事を元に編集)

この記事のポイント

  • 理念や想いを理解するために対話を繰り返す。
  • 2種類のDXの違いを把握し、使い分ける。
  • AIのスタートアップ企業とジョイントベンチャーを設立。

基本情報

  • 投資時期:2017年5月
  • 業種:教育
  • 企業タイプ:非上場企業
  • 支援内容:創業家からの事業承継・IPO

事業承継で重要なのは、創業者の想いを理解すること。

束原:APが参画してからさまざまなDXを推進してきたのでそこに注目されがちなのですが、デジタルはあくまでも手段にすぎません。特に教育サービスにおいて、最も重要なのは理念です。この会社はどういう考え方でどのような学びを提供しようとしているのか。企業の理念が適切でない場合は、我々がそこから練り直すケースもありますが、やる気スイッチグループは創業者の松田さんが大切にしている考え方がしっかりと根付いていました。


「子どもの宝石を引き出す」といった考え方を初めとして、やる気スイッチには様々な理念がありましたが、われわれが着眼したコンセプトは大きく2つです。一つは、われわれが参画してから“個性別”指導と呼ぶようになったメソッドです。学力診断をおこなった上での個別指導は多くの会社で取り入れていますが、やる気スイッチはさらに性格診断まで実施します。学力に加え性格も把握した上で、一人ひとりに合った教育方法を考えているのです。そしてもう一つは、「成功体験」にたどりつくまで子どもをガイドしていくこと。何かを学び始める前の段階で、興味や関心はあっても、その分野の面白さを本当に理解している子どもはいません。まずは周囲がうまく働きかけて「よし、やってみよう」と思うような外発的動機づけが重要です。そこでいわゆる「成功体験」にたどり着いて初めて、もっと頑張りたいという内発的動機が生まれます。まさに、やる気スイッチが入る状況を整えてあげるわけですね。ちなみに「やる気スイッチをいれる」のは本人です。


そうした理念を理解しながら事業モデルを磨いていくために、創業者や社員の方と何度もインタビューや議論を繰り返しながら進めていきました。やはり、創業者から事業承継する際に大切なのは、ご本人がどんな想いを持ってやってきたか、そしてこれから会社をどうしていきたいのかを我々がまず理解することです。今回の案件では、組織インタビューも含めて創業者がおやりになりたかったことを一つ一つ検討して、重要度や緊急度を考慮しながら継続、修正、とりやめといったように、打つべき施策を決めていったという流れです。

経営効率化に必須なDXと、慎重に検討するべきDX。

束原:DX化を語る前に、事業を承継する際に創業者からリクエストされたことについてお話しします。本件における我々のミッションの1つは上場、つまり「プライベートカンパニー」を「上場基準を満たす企業」つまり「パブリック化」を図ることです。ある意味で、創業者にとっては自己否定です。が、だからといってわれわれが創業者のお気持ちを否定していいわけではありません。そうしたスタンスでは、事業承継は必ず失敗します。創業者の想いの中にある世に問うにふさわしい普遍的な価値を見極める努力が大切です。そうした努力を続けていく結果として事業承継後の事業展開のあり方が見えてくる。今回は、そうした理解を大前提とした上で、創業者が苦手とされていたデジタル領域での知見や最先端ノウハウをAPが付け加えていったというように捉えています。


DXは、大きく2つの種類があります。サービスやプロダクト自体をデジタル化するDXと、マーケティングやマネジメントの手法をデジタル化するDX。後者は、会社のパブリック化、つまり上場基準に適合した管理体制を構築することともかなり紐づいています。これまで創業者がトップダウンで決めていたところを、データに基づいた意思決定へと変革する。これは、上場もさることながら、現代において経営を効率化するためには必須なので、当初から考えていました。


テレビCMやチラシに頼っていた集客をデジタル化して、ユーザーの反応を検証したり、費用対効果を精度高く分析したり。また、顧客のライフタイムバリューを上げるために、英語学童の卒業生に英会話や個別指導をお勧めするようなマーケティングの仕組みも構築しています。こうした手法はAPが各種投資先でずっと支援してきている分野なので、着実に成果を上げることができています。


難しいのは、サービス自体をDX化するかどうかという判断です。よくあるDXの落とし穴なのですが、教育業界においてもテクノロジーありき、動画ありきでスタートしている企業は、必ずしも成果につながらずその多くが苦しんでいます。サービスを裏付ける根拠やこれを支える理念と照らし合わせながら、デジタル化することでより高い付加価値を提供できるかどうかを慎重に検討しなければなりません。


日本を代表するAI企業と、攻めの新事業開発を。

束原:やる気スイッチの場合は、議論を重ねた結果としていくつかの面でサービスのDXも推進することにしました。たとえば、先ほど申し上げた性格診断。紙ベースで診断していたのをタブレットに変更し、スタッフの手間を削減するとともに個々の診断履歴に基づいたレコメンドを表示できるようにしていく構想です。より個別最適された提案ができるだけでなく、スタッフは子供たちがやる気スイッチを入れる環境を整えるという本質的な仕事に集中できるようになります。


また、PEファンドは手堅い改善プランに終始すると誤解されることもありますが、我々は中長期的にやっていくことが大前提なので、数年先に向けた先行投資も積極的に実施します。そのうちの1つが、プログラミング学習の新規事業立ち上げ。2020年12月には、やる気スイッチグループとプリファード・ネットワークス社とでジョイントベンチャーを設立しました。


プリファード・ネットワークス社は、日本を代表するAIのスタートアップ企業です。同社が開発したプログラミング学習ツールは非常によくできていたのですが、やる気スイッチグループの見方としては、このまま提供するのではなく、やはり、入口は、周囲からの外発的な動機付けで学習に向かう仕組みを作らなければ、離脱者が多くなってしまうだろうと判断しました。

たとえば自分の開発したプログラムを発表するイベントを用意することで、目標を持って学習できるようになりますし、そこで褒められればますますやる気になってくれる。プログラミングの面白さ以外の面白さを付け加えるという発想です。両社のノウハウが組み合わさったことで非常に高い評価を受け、リリースからわずか3か月でフランチャイズを中心に200教室に導入されています。


投資実行から約4年が経過して、上場ももう目前です。企業のパブリック化も順調に進んできていますし、前創業者にも一部再出資していただいているので上場の果実は一緒に享受できる想定です。受験のための勉強に偏らず、子どもたちの個性に合わせ、個性を伸ばす教育を提供しているやる気スイッチグループ。この会社が成長していくことは、日本、ひいては世界にとっても非常に意義のあることだと考えています。